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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1452号 判決

原告

三田智弘

被告

礒元輝道

主文

一  被告は原告に対し、金五二三万九二八六円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一〇一九万円及びこれに対する平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

次のとおりの事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成四年六月二五日午後九時二〇分頃

(二) 場所 神戸市長田区浪松町三丁目一番二号先交差点

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害車 原告運転の原動機付自転車

(五) 態様 原告が被害車を運転して信号機による交通整理の行われていない交差点を北進中、西進中の被告運転の加害車がこれに接触し、原告が転倒した。

2  受傷と治療の経過

原告は、本件事故により頭部外傷、外傷性くも膜下出血、顔面打撲挫傷、左鎖骨骨折、左第七肋骨骨折、頸部捻挫、胸部打撲症、左上斜筋麻痺の傷害を負い、以下のとおり治療を受けた。

(一) 医療法人栄昌会吉田病院(以下「吉田病院」という。)平成四年六月二五日から同年六月二九日まで五日間入院

(二) 神戸大学医学部附属病院(以下「神戸大病院」という。)整形外科

同年六月二九日から同年八月二六日まで通院(実通院日数六日)

(三) 神戸大病院眼科

同年七月一日から平成六年一月一二日まで通院(実通院日数一五日)

3  被告の責任

被告は、加害車の運行供用者であり、前方左右の確認を怠つたため、本件事故を発生させたものであるから、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費及び診断書料等 三三万九五五五円

(1) 吉田病院治療費 二九万七五九〇円

(2) 吉田病院診断書料 一万〇三〇〇円

(3) 神戸大病院治療費 二万一三六五円

(4) 神戸大病院診断書料 一万〇三〇〇円

(二) 入院雑費 七〇〇〇円

入院期間が五日であるところ、一日につき一四〇〇円が相当である。

(三) 入院付添費 三万円

入院期間が五日であるところ、一日につき六〇〇〇円が相当である。

(四) 実費(薬代、テープ代) 一万五〇〇〇円

(五) 入通院交通費(タクシー代) 七万〇五六〇円

片道一六八〇円のところ、二一回の往復分

(六) 休業損害 一一一万二四九三円

原告は、歯科医院を開業しているところ、本件事故により、平成四年六月二六日から同年七月一二日までの一七日間休業し、その後も通院した合計一九日間休業した。

原告の平成三年分の所得は、一一二七万九四四五円である。

よつて、原告の休業損害は、右平成三年分の所得を三六五日で除し、三六日を乗じた額の一一一万二四九三円である。

(七) 入通院慰謝料 六四万円

前記の入通院状態等を総合すると六四万円が相当である。

(八) 後遺症逸失利益 九四七万七二一五円

原告は、本件事故により、左上斜筋麻痺の後遺症が残り、そのため視野の左右上下視が二重になる複視が生じた。その障害の程度は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級(以下「何級」とのみ略称する。)に該当する。

原告は、右症状固定時四〇歳で、その就労可能年数二七年の新ホフマン係数は一六・八〇四四であり、その間五パーセントの労働能力を喪失したから、その逸失利益は頭書金額となる。

(九) 後遺症慰謝料 一〇〇万円

原告の後遺症は、左眼の上斜筋が麻痺し、左右の上斜筋の運動範囲に差が生じたために、上下視に複視が存するというものである。具体的には真正面から三〇度以上の角度に眼球を動かすと、その部分が二重に見える。

原告は前記後遺症により仕事に差し支えを生じたのみならず、正面視の場合は正常に見えてもその周辺部分が二重にみえることにより、日常生活においても歩行時にふらつき等をもたらし、今後症状が悪化する可能性もあり、将来にわたつてアフターケアが必要である。

よつて、原告の後遺症の慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(一〇) バイク代 一一万円

(一一) 弁護士費用 一二八万〇一八二円

5  よつて、原告は、被告に対し、損害金一〇一九万六六四九円(損害合計一四〇八万二〇〇五円から二割の過失相殺をした後の一一二六万五六〇四円から被告の損害填補分一〇六万八九五五円を控除)の内一〇一九万円及びこれに対する不法行為の日である平成四年六月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項ないし3項の事実は認める。

2  同4項のうち、

(一) (一)のうち、吉田病院及び神戸大病院の治療費についてはいずれも認め、診断書料についてはいずれも知らない。

(二) (二)及び(三)は争う。

(三) (四)及び(五)は知らない。

(四) (六)のうち、原告が歯科医院を開業していることは認め、原告の休業期間は知らない。

診療を再開後の原告の通院につき、休業すなわち休診にしたとの事実は認められないのであるから、休業損害は認められない。

(五) (七)の慰謝料は争う。

(六) (八)の後遺症が残存し、自賠責保険から一四級に該当する旨の認定を受けたことは認めるが、その余は争う。

原告は、本件事故による後遺障害により労働能力を五パーセント喪失したとして過失利益を算定しているが、単に診療行為において多少の能率低下を招いているにすぎないうえ、症状固定後も本件事故前と同様の数の患者を受け入れ、本件事故後に収入が減少したわけではない。

したがって、後遺症による逸失利益は認められない。

(七) (九)は争う。

(八) (一〇)は知らない。

(九) (一一)は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故現場は、信号機の規制による交通整理の行われていない交差点であり、角に建物が立ち並び、駐車車両もあつたことから、原告、被告双方にとつて見通しが悪い状況であつた。

かかる場合、原告は本件交差点を通過するに際し、徐行して交差道路の走行車両との交通の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず時速約二五キロメートルのまま減速することなく、かつ漫然と前方を見たまま進行し、徐行及び安全確認義務を怠つた過失がある。

したがつて、損害賠償額の算定にあたつては原告の右過失を考慮して、相応の過失相殺がなされるべきである。

2  損益相殺

被告は、原告の吉田病院における治療費二九万七五九〇円及び神戸大病院における健康保険の治療費の求償分として二万一三六五円をそれぞれ支払済みである。

また、原告は、自賠責保険に対する被害者請求により、七五万円を受領した。

したがつて、本件損害額から、合計一〇六万八九五五円が損益相殺されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(過失相殺)

抗弁1の事実中、原告にも前方不注視の過失が存することは認める。

ただし、本件事故現場における原告の走行していた道路は被告が走行していた道路に比べて幅が広くかつ通行量も多いので、原告の過失割合は小さい。

2  抗弁2(損益相殺)

抗弁2は認める。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証ないし第二〇号証

2  原告本人

3  乙号各証についてはすべて成立を認める。

二  被告

1  乙第一号証ないし第六号証、第七号証の一、二

2  甲第一号証ないし第五号証、第一四号証ないし第一七号証、第一九、第二〇号証は成立を認める(第一号証、第一四、一五号証は原本の存在とも認める)。甲第六号証ないし第一三号証、第一八号証は不知(第六、第七号証は原本の存在とも不知)。

理由

一  請求原因1ないし3項(本件事故の発生、受傷と治療の経過及び被告の責任)当事者間に争いがない。

二  請求原因4(損害)

1  治療費及び診断書料 三三万九五五五円

原告主張の治療費については、当事者間に争いがない。

原告本件尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証ないし第一一号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、吉田病院及び神戸大病院に対し、診断書料として合計二万〇六〇〇円を支払つたことが認められる。

2  入院雑費及び付添費 三万七〇〇〇円

原告が本件事故による傷害のため五日間入院したことは前記のとおりであるところ、その期間その他諸般の事情を考慮すると、その間の入院雑費として原告主張の一日あたり一四〇〇円は相当である。

また、原告の受傷の内容、程度等から、右入院期間中、付添看護が必要であり、その付添費として原告主張の一日あたり六〇〇〇円は相当であるというべきである。なお、原告は実費として一万五〇〇〇円を支出したと主張するが、右定額の入院雑費の他に右実費を認めるに足りる的確な証拠はない。

3  入通院交通費 四万円

原告は、交通費としてタクシー代を請求しているが、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、吉田病院及び神戸大病院はいずれも電車で通院可能であり、かつ原告は本件事故により歩行が困難になつたわけではないことが認められる。

右認定によれば、原告主張の入通院交通費をそのまま認定することはできないが、原告の傷害の内容、程度その他諸般の事情を考慮し、相当な入通院交通費は四万円程度とみることとする。

4  休業損害 一一一万二四九三円

成立に争いのない甲第三、第四号証、第一六号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、歯科医院を開業し、歯科医師として稼働していたものであるが、本件事故のため平成四年六月二六日から同年七月一二日までの一七日間休業せざるを得なかつたこと、その後、合計一九日間通院したこと、原告の平成三年分の所得は一一二七万九四四五円であることが認められる。

右認定によれば、原告は、本件事故により合計三六日間、休業を余儀なくされたものと認めるのを相当とする。

したがつて、原告の休業損害は、次の計算式のとおり、頭書金額(円未満切捨、以下同)となる。

11,279,445÷365×36=1,112,493

5  後遺障害逸失利益 四七三万八六〇七円

原告が本件事故により一四級の後遺障害が残つたことは前記のとおりであるが、成立に争いのない甲第五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、左上斜筋麻痺の後遺障害のため、患者の口の中を見ながらテーブルにあるピンセツトをとる際に不都合が生じていること、しかし、本件事故後、一時的に患者数は減つたが、現在では元の状態に戻つており、本件事故後の所得はその前より減少してはいないことが認められる。

右認定によれば、原告は、後遺障害のため収入が減少したとはいえないが、原告の職業にとつて右後遺障害がある程度の影響を及ぼすことは容易に想像ができ、原告の格別の努力により、現在の収入を維持できていると推測されるから、一四級の労働能力喪失率が五パーセントであることを加味し、原告は、六七才に達するまでの二七年間、二・五パーセント程度の労働能力を喪失したとみるのが相当である。

すると、その逸失利益は次の計算式のとおり、頭書金額となる。

11,279,445×16,8044×0.25=4,738,607

6  慰謝料 一五〇万円

原告の受傷の内容、程度、入通院期間、後遺障害の内容・程度等諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰謝料としては、一五〇万円をもつて相当と認める。

7  車両損害 一一万円

成立に争いのない乙第五、六号証、第七号証の一、二、原告本人尋問の結果によれば本件事故により、被害車は大破し、その修理費用の見積額が一四万五五三三円であり、その当時の時価が一一万円程度であることが認められる。

右認定によれば、被害車の損害は一一万円とみるのが相当である。

8  右損害合計 七八七万七六五五円

三  抗弁1(過失相殺)

1  成立に争いのない乙第一ないし第四号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、本件事故直前、ヘルメツトをかぶり、被害車を運転して前照灯を点灯し、国道二号線を時速二五キロメートルの速度で北進し、本件交差点にさしかかり、若干減速したが、左右の確認を十分にしないまま、同交差点にさしかかり、若干減速したが、左右の確認を十分にしないまま、同交差点に進入し、加害車を進路前方の間近に発見し、それと同時位に同車の左側面と被害車の前部が衝突した。

(二)  被告は、本件事故直前、被害車を運転して前照灯を点灯し、西行一方通行道路を時速二五キロメートルの速度で西進し、本件交差点にさしかかり、一時停止の標識に従い、一時停止し、低速で六・六メートル程度西進して再び一時停止し、南北の道路の左右の安全を確認し、右方の車両を確認しながら時速一〇キロメートルの速度で八・三メートル西進し、前方に顔を向け、左側から進行して来る被害車を間近に発見し、その直後に同車と衝突した。

2  右認定によれば、原告は、本件交差点にかなり進入していた加害車を衝突する直前まで気づかなかつたものであるから、幹線道路を通行していたとはいえ、前方左右の確認義務を怠つた過失のあることが明らかである。

しかしながら、他方、被告は、一時停止の標識に従い、一時停止して左右の確認をし、低速で本件交差点を通過しようとし、中央を越えたのに右方の確認を注意をとられて、左方の確認を怠り、被害車を衝突する直前まで気づかなかつたのであるから、前方左右の確認を怠り、被害車の通行を妨げた過失があるといわざるをえない。

その他諸般の事情を考慮のうえ、原告と被告の過失を対比すると、原告の過失が二五パーセントで、被告の過失が七五パーセントとみるのが相当である。

そこで、原告の右損害合計七八七万七六五五円を右過失割合によつて減額すると、原告が被告に対して請求しうる損害額は、五九〇万八二四一円と成る。

四  抗弁2(損益相殺)

抗弁2は当事者間に争いがない。

そこで前記損害額五九〇万八二四一円から、右合計一〇六万八九五五円を控除すると、原告が被告に対し請求しうる損害額は、四八三万九二八六円となる。

五  弁護士費用 四〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告代理人に委任し相当額の費用及び報酬の支払いを約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は、四〇万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の事実によれば、原告の請求は、被告に対し、損害額合計五二三万九二八六円及びこれに対する本件事故発生の日である平成四年六月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横田勝年)

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